医情研通信 Column & Blog

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拝啓,小室哲哉様

2018年2月1日

先月19日の小室哲哉さんの会見は,いろいろな意味で話題となりました。

会見で身内の介護について触れたことから,
引退宣言そのものよりも,介護を不倫の言い訳にしているとか,
奥さんのプライベートな症状を公にするなんて,という批判がありました。
一方で理解を示す声も多く聞かれ,それだけ介護を経験した人,
介護経験者の話を見聞きして,その大変さを理解している人が
増えているということかと思いました。

ところで,この会見で高次脳機能障害について初めて知った,
という方も多かったのではないでしょうか。
高次脳機能障害の妻と日に日に対話ができなくなっている,と小室さんが発言したことから,
高次脳機能障害の人が全てそうなると思われた方もいらっしゃるかもしれません。
が,決してそうではありません。
一口に高次脳機能障害といっても,その症状は様々です。

たとえば,同じく高次脳機能障害と診断されている私の母の場合は,
意思疎通については診断前となんら変わらず,会話も普通にできますが,
感情のコントロールができません。“情動コントロール障害”というものです。
些細なことがきっかけで感情を爆発させ,手がつけられない状態となります。
何のきっかけもなく,突然人が変わったようになることもあります。
ただ,症状が出ないときは身体が不自由なだけで“ごく普通の人”のため,
ただのわがまま,ストレスを怒りで発散させる人,
と取られてしまい(私も診断が出るまでそう思っていました),
介護施設のお世話になってはいますが,この7年あまりで4つの施設を転々としました。
手足の自由が全くきかず手がかかるうえにそのような障害があるため,
介護しきれない,というわけです。

医療が発達して,以前なら助からなかったような命が
救われるようになったのは喜ぶべきことですが,その一方で,
見た目にはわかりにくい障害を抱えて生きている人が少なからずいるということは,
案外知られていないように思います。

私は母のこのような状態について,積極的に周囲の人に話すようにしてきました。
海外のことはよくわかりませんが,日本には周囲に心配をかけないようにと,
あるいは身内の恥だからと,こういったことを話さない人がまだまだ多いように思います。
また黙ってその状況を受け入れて介護する人を,立派だとする風潮もあります。
ただ,そういう雰囲気が,話したい人を話しづらい状況に追い込んで,
孤立させてしまうこともあります。

母が入院していたとき,一時的に認知症のような状態となり,
とんちんかんなことを言うようになったことがありました。
不謹慎と思う方もいらっしゃるかもしれませんが,
そのとんちんかんぶりがあまりにおかしくて友人たちの集まりで話したところ,
みんながそろって大爆笑してくれました。
友達ってありがたいと思いました。

施設を訪ね母の部屋で過ごすことは,娘の私でもなかなか気の滅入ることですが,
ある人がかけてくれたひと言に信じられないくらい気持ちが軽くなったこともありました。
その言葉をかけてくれた人には,後光が差して見えました。

さて,ここまでこんな長い私的な内容を読んでくださった方,
ありがとうございます。
もしあなたがいま,介護生活のただ中にいるのであれば,
あるいはこの先,介護生活に突入したときには,
その状況をどんどんまわりの人に話すことをお勧めします。
聴く立場になった方は,ふんふんと素直に反応してあげてください。
なんでもない週末の出来事を話す,
そんな雰囲気で介護や障害の話ができるようになればいいなあと思います。

そして小室哲哉さん。
小室さんがこのブログを読むことは99.99%ないと思いますが,
今回の引退は,一種の介護離職だと私は思っています。
一度やめてまた帰ってくることをみっともないという人もいますが,
大事なことほどずっと悩み続けていいし,決断をひっくり返したっていいと思います
(宮崎 駿さんもそうでしたね)。

時代と関係なく,あなたの曲を必要としている人はたくさんいるはずです。
いつでも帰ってきてください。

(梅)
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